時代に翻弄された男と女








「ちょ、ちょちょちょ、ストップ!あー!!」


めちゃめちゃに握りしめたコントローラーを操作して、は叫ぶ。
ディスプレイに映し出されたのは、中央の区切りを境に左半分でLOSE、右半分でWINの文字。


「10勝0敗、まだやるかあ?」

「もういい…、やめた。」


はとうとうコントローラーを投げ出して、ついでに体も床に投げ出した。床に押し付けられた頬が冷たい。体温を奪う艶消しのパネルに身を寄せ、指の腹で繋ぎ目をなぞる。背中から、これでもかとばかりに得意気なクルルの笑い声が響いた。大方、背を丸めてぐうの音も出ないをあざ笑っているのだろう。加えて聞こえてくるのはやり足りないとでも言うかのように、コントローラーを握った小さな手が立てるかちゃりかちゃりという高い音だ。恨めしげに空を睨んだは、もう一度コントローラーを手に取ろうと起き上がるも、しかし一瞬考え込むような表情を見せてから再び床に頬を寄せた。冷え切った指先を首筋に押し付けると、皮膚の内側を脈々と流れる血液のうねりに耳を傾ける。クルルの声から注意をそらそうと、瞼を下ろした。


「お得意の平和的解決策かい?」

「私はあなたには勝てない。もう、分かりきったことだわ。」

「諦めが早いこった。」

「覆せない真実がある。全ての目が1のサイコロを幾ら躍起になって転がそうとも、6の目が出ることはない。私は、跳躍するあなたを指をくわえながら眺めて、一つずつ駒を進めていく他ないのよ。」

「…ま、そう信じ切ってんならそうにしかならねえわな。そんじゃあ約束通り、1日下僕の刑、だぜぇ。クーっクック!」


クルルがコントローラーを床に放り投げる無機質な音が聞こえ、パネルを伝わって振動を感じた。おもむろには寝転んだままで、上半身だけクルルを振り返り、不満そうに口を尖らせる。


「本当のことなの?地球人には、テトリスに負けたら1日下僕にならなければならないっていう文化があるって。」

「俺が正しくなかったことなんかあんのかよ。」


クルルがに手を伸ばす。小さな手が、の髪をしなやかに梳く。

いつかのクルルの言葉が泡のように浮かんできて、ふいに弾けた。





『アンタの星は滅びる。100%だ。』





蘇る空気。血と、悲鳴と、砂埃と、涙、怒り、慟哭、争う人の群、人、人、人。
あれは生まれて初めて見た戦争だった。戦いに免疫の無かった彼らは上手に戦うことはもちろん、もう一度平和を取り戻すこともできずに、少し経ってケロン星の介入が決まったときにはもう手遅れだった。ああ、やはり甘かったのだと、今になって思う。


「…思い出してんのか?」

「何で分かった。」

「知られたくねーんなら、そんな顔すんな。」


はクルルから顔を逸らした。

優しい星だった。
科学はとても発達していたから、争いなんて言葉は最早死語であったし、何よりも彼らは優劣を決めてしまうことを嫌っていたのだ。
みんなが平等に、仲良く。

それはやはり、すべてが破壊しつくされて影も形も無くなってしまった今、幾度反芻してみても間違いであったのだとしか結論付けることができない。地団駄を踏んだところで遅いのだ。残ったのは、あれは優しさではなく甘えだったのだという答え。



「今日は1日、俺の手となり足となり目となり耳となること。」

「…え?」

「命令、だぜぇ。」



は下がった眉のまま、困ったような顔をして笑って、クルルに顔を向けた。


「嬉しいだろ。は俺を愛してるもんなあ?」

「…そうだねぇ。」


小さな手と、の擬態した地球人の手のひらが重なった。すっかり体温を失った指先に、温もりが移る。軽い笑い声と、間延びした返事は気楽なものだった。固く、ひんやりとした床の冷たさを知っているから、あの頃があったから、こうしていられる。温もりという概念を理解し、クルルのそばで温かさに目を細められるのだ。

つややかな床パネルに、鮮やかなカラーのディスプレイが反射していた。