モニターに映し出された惨状に、もう思うところはない。砂埃に塗れ、黒く変色しかかった血の染み込んだ軍服が息をしていないことは確かなことだ。冷たいパネルに手を載せ、四方八方にカメラを向けてみる。分かっていたことではあるが、景色は変わらなかった。アルカリ性の地質は点々と緑を残しているものの一帯が渇いた砂に覆われており、これがかつては豊かな水と深い緑を自慢としていた星とは誰が思おうか。薄暗いのは、太陽の光を遮断するほどの厚い雲のせいだ。今が昼なのか、それとも深夜なのかさえも判断しかねる薄闇の中、動く物はない。

「D‐12地区、任務完了を確認したぜェ…。」
「フン……。次のエリアはどこだ。」
「残念ながら本日の営業時間は終了でございまァす、クーックック!」

俺の事が空虚に拡散して消える。通信の相手はここ暫くいやに冷静だ。突っ掛かってこないことは張り合いがないもので、まさに暖簾に突進しているような気になる。あれ程感情的でだった彼が感情を失くしている、いや、押し殺しているのだろう。吐息さえ漏れないように厳重に、頑丈に。軍人としてはあっぱれなことだ。敵に情けを掛けてしまう彼は、そこが軍人として弱いところで、引き金に掛ける指に躊躇いを与え、照準に僅かのズレを生じさせていたのだから。沈黙の中、先と同じ景色を映すモニターの隅で彼の残弾を確認して、思いの外減りが少ないことに密かに感心する。だが、戦場に感情は要らない、と裏付けられたような気がして、感じるのはどうしてだろうか、苛立ちなのだ。感情的な彼を冷やかしていた俺は、今更になって感情を捨てられずにいる。大切な人を失った痛みはみな同じ筈なのに、割り切れずにいる弱さが俺を苦しめる。数え切れないほど忘れようとして、そして殊更思い出を繊細になぞることになるのだ。この手で記憶を抹消しようとさえ思った。だが皮肉なこ
とに、他の連中はそれを望まなかった。真っ先に、うっとりするほど平和で、享楽に耽った記憶に耐え切れなくなるだろう奴らが、だ。だから、俺は未だに消えない記憶に飲み込まれそうになる。どうしても思いが消えないのだ。(それは他の隊員も直面している痛みなのだろうか。)

「…その辺りに隊長らもいるハズだぜぇ。合流は」
「なあ、クルル。」

重い口をなんとかこじ開けて、事務的に話を続けようとしたが、こちらの話など聞いていない風に遮られ、言葉を切る。ノイズ交じりの音声がヘッドフォンから聞こえて、コンソールを叩く指を休めた。

「…軍人が戦場が怖いなんて、お笑い草だよな。」

躊躇いがちに、囁くほどのボリュームで語られた言葉に伺えるのは紛れも無い、俺と同じ種類の痛み、だ。いつもの俺なら皮肉って笑うだろうが、笑えないのは同じ苦痛を嫌というほど味わっているからだ。

「…それでこそギロロ伍長じゃないっすか。」
「なんだ、貴様なら笑い飛ばして俺を奮起させてくれると思ったんだがな。」
「クーックック…、生憎なこった。」

俺も、怖くて怖くて仕方がねーんだ。

すんでのところで言葉を飲み込む。

逆走は許されない特急列車。鮮やかな景色はいつも神経を麻痺させて、消えない。過去が過去になる恐怖と戻れない恐怖と忘れられない恐怖の三重苦だ。
怖いのは戦場そのものじゃない。
怖いのは現実だ。



「夏美が見える気がするんだ…兵士の影、向こう側、俺の背後…。」
「痛いっすねぇ…、お互い。」



お前、と同情を含んだ声が返ってくる。
みんな同じだ、みんな。痛いのも、三重苦を味わっているのも。

また無意識の内にパネルに手をかざす。あの水溜まりの向こう側に君が見える気がして。そしてまた君がいない現実に怯えるのだ。
深夜を回ったオペレーションルームは暗くて冷たくて孤独そのものだ。


「センパイ、もうみんないないんすよ。」


自嘲するような渇いた声が聞こえて、次に鼓膜を震わせたのは分かっている、という静かな音だった。分かっている、分かっている、ああ。分かっているのに君を、を探している俺は一体何なのだろう。






孤独な戦場にて