ガルル中尉が現れたのはあまりにも突然で、今度こそただでは済まされない、そんな段階まで登りつめていたのだと、息をのんだ。ただでは済まされないとはつまり、地球にいられなくなるとか、もっと悪化すれば我輩が消えなければならないとか、そういったこと。だが、恐れていた事は何一つ起こらず、地球は無事だったし、我輩も無事だった。と言うより、恐れていたことどころか、ガルル中尉は単騎で、しかも我々の防御システムに塵ほどの痕跡も残さずに乗り込んで来たにも拘らず、何も起こらなかった。にわかには理解しがたいことで、我輩はガルル中尉が何食わぬ顔で日向家に現れ、まるで自宅であるかのように上がり込むと一直線に我輩の部屋までやって来て、地下秘密基地の扉を潜るまで、身動ぎひとつ出来なかった。ガルル中尉が向かったのはクルルズラボだと、地下秘密基地のマップを映すディスプレイが、赤い点で示していた。敵とも味方とも判別がつかない上司を、我輩はそっと見守るほか無かった。やがて、ギロロが赤い顔を青くして飛び込んで来る。夏美殿と冬樹殿が心配そうな顔をして恐る恐る我輩を覗き込んで来た。

その後も、特に何ということは起こらなかった。我輩とギロロはすぐにガルル中尉の後を追ってクルルズラボの扉を開けようと試みたのだが、鉄の門扉は開く素振りをこれっぽっちも見せず、すっかり待ちぼうけをくらった。ガルル中尉が再び何気ない表情をしてラボから出てきたのはほんの数分の後で、礼儀正しいと評判の高い彼は、実弟の詰問に動じることなく、その時も例に漏れず律儀に敬礼をして、これまた丁寧に手土産を置いて、帰っていった。

が、大変なことになった、と漸く思ったのはそれから3時間ほど後のことだった。なんだか落ち着かない、違和感の原因は、そもそもガルル中尉が現れただけでも「大変なこと」に違いは無かったのに、事があまりにも穏やかに運んだように見えたことだ。やっと現実が現実らしいものになったとも思った。

「面白いものを見つけたぜぇ。」

と、嬉々としてクルル曹長が我輩を初めとした小隊のメンバーを集めた。なんとなく嫌な予感がしていた。虫の知らせというやつだ。しかし、それは先ほどの出来事が有り得ないくらい奇妙で、それが我輩を占拠していたからかもしれない、と、これは我輩の長所であり短所であるのだが、楽観視してクルルズラボに足を向けた。ここで気付けばよかったのだ。そもそもガルル中尉が現れた時点で行動を起こすとか、あるいはガルル中尉の帰還直後にクルルを問い詰めるとか、隊長としてそれくらいはするべきだったのだ。それを今になってから悔やむ。事が大きくなった今になって。
クルルは本当にいいものを見つけたのだと、まるで宝箱を見つけた子供のように、笑いながらもったいぶった様子でキーを叩いていた。今思えば、そのときだってクルルの異変に気付けたはずだ。例えば、いつものことではあるが、それ以上にラボの中が散らかっていた―いや、散らかっていた、と言うよりも、怒りに任せてわざと乱したような様子や、ロードの最中にいつもより激しく、そして多く、苛立ったようにデスクを指で叩いていたことや。
ああ、今日は今思えば、が多すぎる。これだから我輩はこうなのであって、我輩なのである。

クルルが見つけた「いいもの」は良いどころか核爆弾だった。
恐れに目を見開き、涙を滲ませ、青ざめた表情と覆いかぶさる紫の紳士と呼ばれた人。柔らかそうな頬に添えられた手と、寄せられる頬。拒絶すら許されないような、張り詰めた空気と獣のような目。

クルルの笑い声が、今度はその場でも分かったが、不機嫌をあからさまに含んで、ラボに響いた。我輩は相変わらず身動ぎ一つできずにディスプレイに釘付けになっていた。

















思い出せば遥か遥か