上層部への手回しは既に済ませてあった。俺の日頃の行いの為か疑いを持つものは一人もおらず、胸を撫で下ろす一方で、軍のネットワーク防御体制に逆にこちらが首を傾げたくらいであった。

「座りたまえ。」

の表情は、まるでこれから死刑宣告を受ける罪人の如くに硬い。
は背筋をぴんと伸ばし、足を行儀良く揃えて、ちょこんと私の向かいのソファに腰掛けた。部屋の中はひどく静かで、時計の針が進む音だけが響く。指し示された時間は10時を回ろうとしていて、いささかディナータイムにしては遅い。夜食に丁度良い時間だろうか。
沈黙に、が揺れる。金色に輝くイヤリングがきらりと光った。俺は腕組みをして、さっそく口を開いた。

「もちろん、私がこれから君に話すのは先日のクルル曹長の一件だ…軍規違反だと、君も分かっているね?」
「…はい、存じ上げています。」
「外部からのハッキングもそうではあるが、彼は軍属のエンジニアだ。飼い犬が飼い主の手を噛む事は、それはそれは大変なことなのだよ。彼はそれを前にもやらかしている。…加えて、君も軍の一員だ。」

咎める色をたっぷりと含んで、私はを責めた。小さな体がますます小さくなって、は怯えた表情で、しかししっかりとした視線でこちらを見つめる。私は足を組み直した。時計の針は、それでも規則正しく時を刻んでいた。

「次回から、発信者不明の回線は速攻切断するように。…もとより、非通知などめったにかかっては来ないのだがね。」
「はい…おっしゃるとおりにします。」

透き通った瞳が、次の言葉を待っていた。小さくなりながら、しかし健気に待っていた。もちろん俺は、を咎めるつもりなど、ましてや処罰するつもりなど毛頭なかった。既に手は回してあるのだ。この一件で罰を下されるとしたら、それは間違いなくクルル曹長であって、だがそれもありえないことだった。軍は彼の才能を認め、能力を上手く利用しようとしている。彼が以前に犯した罪は、有り得ないくらい軽く済まされて、今回も事実を報告したところで何も変わらなかったのではないかと思うほどだ。
空腹に目を光らせるチーターの前に、突如として現れた子兎のなんと弱弱しいことか。
私はそれをどう料理してやろうか、胸を躍らせている。

「それから、ひとつ確認しておきたいのだが…。」
「なん…でしょう。」

空腹に目を光らせるチーターは、やがてのんびりと草を食む兎を見つける。初めはお互いを確認できるかどうかの距離で、足音もなくじわじわとその距離は縮まっていく。あとは、いつ走り出すかだ。チーターがそのタイミングを見つけ、走り出したらもう手遅れなのだ。迫り来るチーターに兎は目を見張るだろう。そして、あまりに突然の出来事に、ただ耳を立たせて立ちすくむ。
の瞳が不安げに揺れる。行儀良く膝の上に揃えられた手、潤む瞳、しなやかな体躯、俺はそれらをうっとりと見つめながら、しかしそんな気配をすべて殺して問いを投げかける。
正直な話をすれば、これは茶番で聞く前からどんな答えが返ってくるかは予想できていた。と言うより、そう答えるしかには選択肢が残されていない。だが問題はその先にあって、俺はそこを頂こうと考えていた。弱者を糧に強者が栄えるのは、ずっと昔から変わることの無い決まりごとなのだ。

「君とクルル曹長の関係についてだ。上司として、このような事態が発生した以上は君達のことは把握しておかねばなるまい。話してくれ。」
「…はい、あの、クルル曹長は友人、というか……いえ、顔見知りです。」

大きく視線が逸らされた。

『恋人、だぜぇ?分かったら俺の可愛いちゃんに変な真似すんじゃねぇよ。』

あの事件の日、俺はクルル曹長にも同じ問いを投げかけて、しかしクルル曹長から返ってきたのはと正反対の答えだった。癖のある声が、頭の中でリピート再生される。

『アンタがここに来るのは、初めっから俺のタイムテーブルに組み込まれてたんだぜぇ…。まあ、ちょっとばかし思ってたよりも早かったがな。』

全てお見通しか
天才と称された技術者に仕組まれた一幕に、すんでのところで舌打ちを堪え、内心舌を巻いた。





















銃声はサイレント仕様