噛みつくような愛なんて必要としていない。







くゆる








静寂の中、革靴がアスファルトを打つ音が一定のテンポで響く。

早まることも、休符を取ることもしないそれは、コンスタントに静けさを破壊する。大方の生き物が寝静まった時刻、むしろ、早い者であれば眠りの世界から覚醒を始める時間、アカギは独り、煙草をくゆらせながら歩みを進めていた。すっかり冷えた空気が、頬をなで、白煙を流す。先ほどまでの喧騒から一変した静寂―一本の糸が張りつめているような緊張感を伴って、一瞬の隙でも見せようものならばアカギを縛り付けようと、息を潜めている。

アカギは、自分もまた息を潜め、生死の区別もつけられずに静寂を潜り抜けて行った。

思考を半ば強制的に白紙に変えるのは、疲労か、興奮か―。

袖口から香るけばけばしい女物の香水に顔を顰め、アカギは昨晩の一連の出来事に思いを馳せた。
麻雀、代打ち、金、酒、女…。
生活に、不便はない。不満もない。ただ、何故だか、空しくてしようがないのだ。
いくつの勝利をもってしても、札束を重ねても、あるいはそれをばら撒こうとも、満たされない、心。
どうにかして、この渇きを潤してほしい。
そんな風に考えるようになったのは、あの女に出会ってからだ。言いようのない空虚に甘んじていたのは、飢えは、癒すことができるのだと知らなかったから。そして、満たされるのだと知ってからは、こんな時には決まってあの女が脳裏に蘇る。馬鹿みたいにお人よしで、人を疑うということを知らない、人に裏切られたことがないのではないだろうか、そんな、幸せな女…。

彼女のようには、もはや生きられそうにない。しかし、もしできることならば、あんな風に生きられたら―。

アカギは煙草を手に、自嘲した。まるで自分とは正反対の世界の話、だ。あの女に出会うまでは、自分の住む世界こそがすべてであり、愛だの、友情だの、絆だの、と、そんな風に互いの傷をなめ合うことは、馬鹿のすることだと、思っていたのに。欲望のままに生きることが、人を疑い、騙しながら生き延びていくことが正しいと、と言うか、それしか生きていく術は無いと考えていたのに。


飾り気のない笑顔が思い出される。鼻をつくような香水など、いらない。セックスで上手に腰を振れるかどうかなど、問題ではない。今はただ、アイツに会いたい。もうとっくに眠ってしまっているだろう。こっそりと鍵を開けて、彼女の目が覚めた時に、俺がソファに倒れこんでいたら、彼女はどんな顔をするだろう。

静寂の中、アカギは歩みを止めることなく。