地球の表面の8割を覆う水という分子の集まりを、この星の住人は海と呼ぶ。
俺に言わせてみれば、大きな大きな水たまりだ。
何が面白いと言うのか、地球人はその巨大な水たまりを眺めて、はたまた太陽光が乱反射される様を見つめて、涙を流したり、思いを馳せてみたり、する。
馬鹿馬鹿しいなあ、と俺は、小さく丸まった背中を見つめるのだ。
ほんの偶然で存在する液体状の水分子たちに、何故だかうまい具合に生まれ、生き延びてきた人間という生き物が、浸水されている。それを眺める、異世界人は俺である。
ざらりと、足元の砂の粒子が軋んだ。


「初めて海まで来たなあ。」


噛みしめるように、は呟いた。弧を描いた唇が、オレンジ色の光を映していた。膝頭に押し付けられた頬に、涙の跡が浮かぶのを、見逃しはしなかった。柔らかな白肌は、生まれて初めて浴びる潮風と夕日に、困惑しているようだった。


「ただの水たまりじゃねーか。」

「水たまりでもいいけど、こんな大きな水たまりは、アスファルトの上じゃ見られないもの。」


は俺から顔を背けて、反論を返した。傾いた日差しは、の黒髪を、気持ちだけ夕日色に染めてくれていた。


「もう、見られないから。」


風が、の毛先を躍らせる。


「もう、最後だから。」


屋上で引っこ抜いた点滴は、今頃誰かに見つけられているのだろうか。点々と続く血痕を辿って、誰かがを探しに来るのではないだろうか。


「―血痕なんて、だって私は、クルルの宇宙船で、ここまで来たじゃない。」


無邪気に、が笑う。ほっそりとした体を、声が揺らした。


「また会えたらいいな。」


海に、夕陽に、風に、クルルに。



地球の表面の8割を覆う水という分子の集まりを、この星の住人は海と呼ぶ。
俺に言わせてみれば、大きな大きな水たまりだ。
何が面白いと言うのか、地球人はその巨大な水たまりを眺めて、はたまた太陽光が乱反射される様を見つめて、涙を流したり、思いを馳せてみたり、する。
馬鹿馬鹿しいなあ、と俺は、何一つ救えない掌を見つめるのだ。
ほんの偶然で出会った地球という惑星に住む、かろうじて生きている女に、何故だか上手い具合に心酔してしまっているのだ。何も出来ない、異世界人は俺である。
ざらりと、足元の砂の粒子が軋んだ。


涙で海はできているのかも知れない、俺は真剣にそう考えた。






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