「そんなにあからさまに逃げなくったっていいんじゃない?」


睦実は一歩一歩の間隔を目一杯広げて足を進めながらそう言った。その少し先には、忙しなく歩みを進める。不思議な事に、二人の距離は縮まりもしなければ広がりもしない。睦実の声は確実にの耳に届いているだろうが、はむっつりと口を結んだままである。何処へ向かおうと言うのか、いや、恐らく何処かへ向かっているのではない。にとって重要なのは目的地ではなくて、後ろの男をいかにして煙に巻くかなのだ。


「おーい、ちゃん?」


だんまりを決め込むに、睦実はまるで遥か遠くに声を送ろうとでもするかのような仕種で呼び掛けるが、成果は無い。それどころかはますます足の回転率を上げる始末だ。

ひゅう、と軽やかな口笛が聞こえる。

困ったな

全くもって困ってなどいない、むしろ面白そうなオモチャを見つけた子供のように無邪気に、にやりと笑った睦実はぴたりと止まって、それから―――



「―うわっ!」



鈍い音がした。それは、人が人をその身を以って受け止める音で、つまりが睦実にしっかりと抱き留められていたということなのだ。


「つーかまーえたっ♪」
「つ、捕まえたじゃない…!離せ!」
「だーめ、キミの話を聞くまでは…」




「そこまでであります!」




顔を背け、腕を突っぱねるを睦実は頑として離そうとしない。の腰を抱く腕はびくともしなかったのだ。にっこり笑う睦実は、暴れる顎に手を添えて自分に顔を向けさせようとした。ああ、それはまるで強引な誓いの口づけを施そうとするかのように。暴徒よろしくもがくとは対称的に、睦実の挙動は優雅そのもので、その姿はまさに一国の皇子かのような――。

ところが、大きく高い声が割って入ったのだ。

「あー、そこの二人!直ちに離れる、離れる!」
「な、な、な、なんだ!?キサマまた新しい作戦がどうのと俺をだ、騙して」
「まあまあ、ギロロくん。ここはモチツケ、でありますよ。」

二人は固まる、勿論先程のポージングのまま一時停止ボタンを押されたように。

「ホラ、早くしないと大変なことが起こるんだから、睦実殿はさっさと殿の顔と腰から手退けて」

はじめの声が再び忠告を言い終わるか言い終わらないかのうちに違う音声が割って入った。


「睦実ぃ、人生にサヨナラを言うこったな…。」


苛立ちを滲ませる声が睦実に突き刺さる。ぎくりと、その声を聞いた瞬間に事の顛末を悟った睦実の向かいで、はそれ見たことかと溜息をついた。こうなることは分かっていたのだ、最初から。


突如現れた未確認飛行物体から無数の弾丸が放たれたのと、睦実が辺り一面にシールドと化したメモ用紙を広げて消えたのは同時だった。被弾を免れたは上がった息を落ち着けるように胸に手を当てる。



、乗れ。」
「ちょっとー、怒んないでよね。私、全力で回避しようとしてたでしょ。」
「じゃあ全力がもっと全力になるように訓練しなきゃならねえなあ…。」






「ね、クルちゃんがぷっつんしちゃったら侵略どころの騒ぎじゃないからネ。」

船内には緊張が張り詰めていた。手柄に胸を張る隊長の背後ではクルル曹長が真っ黒過ぎてタママ二等兵もびっくりのブラックホールオーラを纏っていて、左右には呆れてお菓子を頬張るタママ二等と試合後のボクシング選手よろしく白くなるギロロ伍長だ。開くハッチから回収されるをモニター越しに見つめながら、男女関係とは自分が思う範囲を遥かに越えて複雑になっているのかもしれないと、赤髪の彼女を思い出すギロロ伍長であった。












言い訳:彼女が僕を無視するから