私は広い部屋の中、一人でソファに座っている。真っ白で坐り心地の頗る良いソファだ。沈黙が暫く空気を縛り付けている。手の中にある缶は、次第に体温と同化していく。甘い色をしたフローリングがひやりと私を撫でた。






実験台A0001






私の背丈を超える大きなガラス越しに見えるのは夜とも朝とも言えない濁った、それでいて透明感のある光。私は缶チューハイを煽る。温い感覚が喉を焼いた。また暫くの時間は無音が支配した。

静寂の中で残された温もり、香り、優しさ、思い出、そんなものに抱かれて、私は睦実のことを考えていた。この部屋の主よりも、わたしはこの部屋に存在する時間が長いと自負している。出会ったあの日、睦実は手が届きそうもない世界にいたのに、どういう訳か彼は私の手を取った。でも、今だって、こんなに近くに居るはずなのに、彼はまだ別次元の人で、手が届いたのか、声は聞こえているのか、交わりあっているのか、よく分からないのだ。現に、今睦実はいない。睦実の部屋に、私はひとりきりでもう夜が明けるというのに飲兵衛だ。こんなの、最初から分かっていた。その筈なのに、寂しさは募るばかりで天井を知らない。

いつの間にか缶はすっかり空になり、フローリングを叩く軽い音がした。


気付くと隣に彼がいた。彼というのは、高圧的な態度で、素直に優しさを表現出来ない、世渡り下手なようで上手なようでやっぱり下手な黄色い彼のことだ。柔らかなクッションは形を変えて彼を包み込み、いかにも坐り心地が良い。

迎えに来たんだ、というような事を彼は呟いた。

私は酔いのせいかと、耳を疑った。相当おかしな顔をしていたのだろうか、彼は私を見るとひどく笑い、むくりと立ち上がった。立ち上がったと言っても、彼は小さいうえに深刻な猫背だ。私の座高の何と高いことか。

お前が今睦実を愛しているように、俺を愛するようになることを保証する。その寂しさをすっかり無くしてやる。ひとりにはさせない。これは契約で、俺の契約は絶対なのだ。だから俺について来い、と、

彼は一気に捲し立てて、彼とはそれほど多くを語ったことのない私は圧倒されてしまった。




ああ、寂しい。




「…それは素敵な提案ね。」




彼は、酔っているのかと私に尋ね、私はそんなことはないと、しっかりした調子で答えた。すると彼は、やっぱり酔ってるんじゃねえか、と満足げに言った。もう一本、とどこからともなく銀色に光を反射する缶を差し出した彼は、そういえばどんな顔をしていただろう。反射的に受けとった私は、何を考えていただろう。ただ、缶の冷たさは私を誘い、焼けるようなアルコールは私をこれでもかというほど酔わせた。それは知っている、と言うか、断片的に覚えているのだ。