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「ただ今時刻は午前2時53分。通信を開始する。総員、持ち場に待機。隊長の指令を待て。以上。」
耳元のイヤホンから、通信兵の声が聞こえる。
カタパルト内は無数のライトで照らされて、射出口から伺える暗闇とは対照的にまぶしいくらいの明るさである。
は既に、衛生部に割り当てられたエリアに待機していた。機内は、薬品の数や種類、器具の用意を手際よくこなす看護兵、物品を運び込む衛生兵の集団がそれぞれ任意のベクトルに動き回って、騒々しい空間が形成されている。白衣の天使も、こうなってしまえば形無しである。は、自前の手術セットの蓋を閉じると、背後の窓から外を眺めた。通信機に視線を落とせば、現在時刻は出動予定時刻から、残すところ3分である。なるほど、出動準備という騒動は終息しつつある訳だ。強化ガラス越しに整然さを取り戻したカタパルト内をもう一度見渡すと、は大きく伸びをした。
「そんじゃ、出発だぜぇ。」
常人では把握しきれないであろう数のモニターの中心に、クルルは居た。ヘッドホンから飛び出したマイクに言葉を発しながらも、コンソールを叩く両手は止まることを知らない。最後にクルルが勢いよく押したキーの音を皮切りに、機内は地鳴りのような音に包まれ、そして実際何度か大きく揺れた。モニターの1つに、星空が映し出される。ゆっくりと、機体が動き出していた。
「少佐、ご無沙汰しています。」
「んあ、なんだアンタか、ガルル少尉。」
モニターの光に包まれた小さい背中が、振り向きもせずに答える。ガルルはそれを目の当たりにしても、微塵も動じることなく、そっと敬礼する右腕を下ろした。
「お変わりないようで、何よりです。」
「んなことより、ちゃんと言ったとおり集めてきたのか?」
「…もちろん、少佐。」
「クックー!礼は言わないぜぇ!」
クルルの手が止まる。漸く振り向いたクルルに、ガルルは目を細めた。
変わることは無い、変わっていない。
ただ、あの頃と決定的に違っていることが一つ。
「―大きくなられましたね。」
振り向いても、視線は交わることがない。まだ彼のしっぽが消えてしまう前のこと、手を尽くしてどうにか彼をまっとうな人生に引き戻そうとした日々を、昨日のことのように思い出す。すっかり成長した、かつての天才少年の不敵な笑い声の聞きながら、ガルルは呟き、思いをはせた。どうか彼が、曲がりくねりながらでも良いから、正しく生きられることを。
(フッ、私も年か?)
モニターの一つが、機体がワープ域から抜けたことを知らせる。目的地である星は目と鼻の先だ。小さな背中に、実は途方もない重さの重圧が―期待と言う名の重りが―圧し掛かっていることに、なぜみんな、気が付けないのだろう。彼の性格ゆえか、彼を理解しようとする者が現れないのは、ひどく残念なことだ。今回の任務、彼には荷が重すぎるのではないだろうか。
ガルルは何も言わず、ゆるやかにクルルの背中を見つめる。
金属が軋む音が聞こえる。
ああ、彼の侵略が始まるのだ。