「やっぱり、言った通りでしょう?」


得意気なプルルの声が背後から聞こえてくる。
肩を竦めて、はプルルの押す回診車の上からカルテの束を取り上げた。


「クルル少佐、異例のスピードで昇進したケロン軍きっての天才的頭脳の持ち主…。あんなの、ちょっと賢いだけのただの子供じゃない。」

「実力さえあれば、なんだっていいのよ。」

「呆れた。これからあんなのが隊長だなんて、寒気がするわ。」

「代わりと言っちゃなんだけど、私とギロロ君がいるんだから。頑張ってよ、ドクター!」


キャスターが滑らかに動く音が聞こえる。振り返れば、満面の笑みを湛えた看護師。頼もしい、の右腕だ。つられても、力が抜けたように笑った。


「ありがとう、プルル。」


進行方向に視線を戻すと聞こえるかどうかの音量で、は呟く。濃紺の帽子の耳が、の動きにワンテンポ遅れてはためいた。プルルは微笑んで、その背中を見守った。








「クルル、か。」


ギロロは重々しく目を伏せた。左腕をテーブルに横たえて、ぽつりぽつりと言葉を繋げる。


「あやつの力は確かだ。現に、先月の侵略活動の成果は奴の技術無しには得られるものではなかっただろう…。それは俺も認める。だが、それでも俺はアイツの態度が許せ、ぬあああああああ!」

「ギロロ、動かないでよ。」


弾かれたように暴れ始めたギロロを、その背後で待ち構えたように待機していたプルルが羽交い絞めにする。

ギロロ君、我慢しましょうね。

まるで、幼稚園児扱いだ。

ギロロの左腕、肘の内側辺りにシリンジが突き立てられている。プランジャを引くのは、もちろんだ。暴れようにも暴れられない状態のギロロを尻目に、ゆっくりと血液を吸い取る。じわじわと、透明な筒の中に黒ずんだ液体が満ちてゆき、しばらくするとは手を止めた。


「もう終わりだよ、ギロロ。―ほーら、これで満足かな?」


先ほどまで針の刺さっていた部分に、保護ガーゼを貼り付ける。漸くプルルの羽交い絞めから解放され、息も絶え絶えのギロロの目に入ったのは、可愛らしいキャラクターの絵が描かれたガーゼであった。


「ば、馬鹿にしているのか!?」

「それ、私が一枚一枚手書きしてるんだよ、ギロロ君。」


唇を尖らせるプルルが、ギロロの頬を突いた。それでなくとも、ギロロは赤い顔を更にこれ以上ないほどに赤らめて、その姿はまるで沸騰するやかんの如し、だった。くすくすと、堪え切れずにが噴き出すと、つられてプルル、ギロロも笑い出した。


「またこうして一緒に出来るなんてね、夢みたい。」


シリンジから試験管に血液を流し込みながら、はしみじみとそう言った。回診車の棚には、既にいくつもの試験管が血液で満たされ、陳列されてる。から試験管を受け取ったプルルは、素早い手つきで識別シールを貼り付け、ラックに差し込む。金属製のラックとガラス製の試験管がぶつかり合い、高い音を立てた。


「あの頃は、本当に楽しかったわ!他の班の子達は、みんなキツイとかツライとか愚痴ってたけれど、私はそんなことなかった。ケロロ君やギロロ君、そしてとの演習って、まるで冒険みたいだったもの。」

「…そうだな。」


最後の試験管への注入を終えると、はテーブルからカルテを取り上げた。


「あー。ギロロ、まだ若いのに血圧高いよ?」

「ギロロ君のゴハンは今日から塩分抜きだね。」


横から頭を突き出して覗き込んだプルルは、悪戯っぽく笑うとそう付けたして、ギロロをからかった。再度、ギロロは口をつぐんで沸騰する。

何年も前、学生時代に一緒になって演習していた頃から変わらないやり取り、関係だ。守られ、癒しながら培った友情がここまで続いてきたことを、は嬉しく、そして誇らしくも思った。また一緒に活動できると知った時には、驚きとともに運命的なものまで感じたのだ。

はギロロのカルテを”済”のシールが貼られた籠に放り込んだ。
”未”に残されたカルテは一枚だ。取り出し、名前の欄に目を通す。


「さてと、最後は…我らが少佐、か。」

「少佐クラスになると、オフィスまで行かなきゃならないから面倒ね。」

「本当よ。」


ギロロを見送りながら、は聴診器を首から外して肩を上下させる。


ちょうどその時、プルルの通信機から呼び出し音が聞こえた。


「…やだ、看護部の緊急会議だって。」

「…勘弁してよ。」


通信機を操作するプルルを、縋るようには見詰めた。
プルルが今から会議に出席するということは、つまり残りの診察は一人で行わなければならないということだ。残りの診察とは、すなわちクルル少佐を残すのみである。診察を一人で行うということは、少し時間はかかるが、訳はないことだ。しかし、クルル少佐となれば話は別物になる。昨日の一件を思い出す。クルル少佐に、二人きりで会わなければならないなんて!


…申し訳ないけど頑張って!きっとこれをきっかけに仲良くなれるわよ!患者とドクターの、禁断の恋…。」


歌うようにそう言うプルルを小突きつつ、はこれからの診察を憂慮して一人ため息を漏らした。