「いらっしゃいませ。」

色とりどりの花―
にこりと微笑む女は、おおぶりな深紅のバラを抱えたまま振り返って、軽く腰を折った。





オリエンタル








ノクターン横町とダイアゴン横町の、ちょうど境界線に、その店はあった。シンプルな木目調の看板には滑らかに、黒で店の名前が印されていて、それを読み取ってから初めて、評判の花屋だということに気付いた。

こんなところに―

ガラス越しに、明るい色の花が陳列されているのが見える。引き寄せられるようにして、これまたガラス製の引き戸に手をかけた。滑るように扉が開き、一歩、白いフローリングに踏み入れると、背後でゆっくりと、扉の閉まる気配を感じた。


「花束ですか、それともアレンジ?」


小首を傾げ、店主らしき女が聞く。―店主、だろうか?まだ成人そこそこに見えるその姿は、ホグワーツで擦れ違ったとしても不思議はない。女はバラの花を長いバケツに戻すと、身につけていた黒のエプロンの肩紐を直した。


「…花束、を。」


静かに告げる。クラシックのバックミュージックと、溶け込む。首を縦に振り、女は優雅に花を一輪、一輪、引き出してみせた。


「かしこまりました。?何をいれましょうか?……バラ?カーネーション?それとも…」


栗色で、緩くカールしたロングヘアが、その度にゆるやかに揺れた。綺麗な髪だった。流れるように移動していたのが、つ、と、ある花の前で、引き寄せられたように止まった。


―百合、かしら。


息の根を止めるような声。全身が、頭のてっぺんから爪先まで隙間を残さずに、凍りつく感覚。その瞬間、目の前が真っ白になった。声が、頭に直接反響した、気がした。

心を読まれた?

そんなはずは、ない。絶対に。



「では、それを。」



視線を、ガラスの向こうへやる。暗闇があたりに垂れ込めて、ノクターン横町の空気を、より重いものにしていた。一方で、ダイアゴン横町は、それぞれの店先に温かみのある炎を燈しつつある。ぼやける、視界。



「―忘れたほうが、覚えていないほうが、幸せなことも。」


―ありますよ。




すぐ背後から聞こえてきた声に、勢いよく振り向いた。(いったい、いつの間に?)


むせ返るような百合の香りが、私を縛り付けている。