「ルシウス、やめてください―」


押しのけようと突っぱねる細腕は、あまりにも非力だった。











スプリングが軋む。

勢いよく投げ出されたが痛さに顔をしかめずに済んだのは、柔らかな毛布のおかげだ。大きな天蓋付きのベッドで、清潔なシーツは全くの純白だった。すぐさま起き上がろうと体を起こすが、に影が落ちる。に馬乗りになるルシウスは、普段の上品な笑みを崩すことなく、完璧に紳士そのものであった。


「ルシウス、どうして。」

「どうしても何も。」


暴れるの両手を、ルシウスはやすやすとシーツに縫いとめた。力の差は歴然としていて、けっして敵うことなどないのだという事実を突き付けてくる。それでも、は抵抗をやめようとしなかった。ルシウスから逃れようと体をよじり、あくまでもルシウスと目を合わせないよう、刺激を与えないようにと、必死になって顔を背ける。ルシウスはそれを見ると、満足そうに笑った。


「やはり君は最高だよ、。」

「何を―」


不気味なほど上機嫌なルシウスの声を聞いて、は反射的にルシウスに視線をやる。すると、必然的にルシウスの視線との視線が交わり合うことになった。ルシウスの吹雪の中の湖のように冷たく、冷たく、凍てついた氷のような瞳に、氷漬けにされてしまったようで、は目を逸らせなかった。ルシウスは至極楽しそうに笑みを浮かべていて、その冷たさは瞳の色と同じ種類のものだった。瞳の色は冷たくても、凍てついた湖でも、信じていたのに。優しい人だと、思っていたのに。は顔をしかめた。ルシウスはの手首を左手で纏めてシーツに押さえつけると、袖口から素早く杖を引き抜いて、の口元に突き付けた。


「挑戦的な視線も、また良いものだ。なあ、。」


の輪郭を、杖でゆっくりと、確かめるようになぞる。
世界で一番愛しいものを見るかのような眼差しで、うっとりと、ルシウスは猫なで声を出した。

「どうしてほしいのか、言ってごらん。」


顎の先から耳元まで撫で上げた杖が、今度は来た道を戻り、首筋を伝っていった。ほっそりとした首筋を過ぎて、杖先はとうとうの胸元に辿りついた。荒い呼吸のせいで、の胸は上下に慌ただしく収縮を繰り返していたが、その一方でルシウスはまさに冷静そのものだった。白い肌に、漆黒の杖のコントラストが鮮やかで、そこにルシウスのブロンドが幾筋か流れてきた。


「―答えるべき言葉がひとつになるよう、君に魔法をかけよう。」


の耳元で、ルシウスの囁き声が聞こえる。胸に突き付けられた杖に、は声をあげることができない。おどけた様子のルシウスの語り調子が、さらにの恐怖を煽った。は、観念したように目を閉じた。