しっとりとした赤毛が揺れるたび、セブルスは古びた教科書に向ける視線をちらつかせた。その度、心臓がどこかつつかれるように、痛んだ。




恋泥棒






「そんなことをしていて何になる。」


羊皮紙の枚数を確かめながら、ルシウスが馬鹿にしたような笑いを投げかけてきた。の前には、広げられた羊皮紙が一枚。それから、遅々として滑らない羽ペンを右手に握りしめて、頬杖をついていた。ルシウスを睨み付けると、彼は鼻で笑ってセブルスの方をちらりと見た。


「酔狂だ、あんなもの。許す許さないの問題ではないだろう?」

「…ああ、私ってなんて健気で優しいのかしら。」


ざわつく講義室。ルシウスの視線の糸を伝って、もセブルスに視線をやる。歌うように始めた言葉を最後には吐き捨てると、その勢いのまま小さく舌打ちをして今度はセブルスを睨み付ける。セブルスの教科書をめくる手は、先ほどから全く動いていない。


「―自己陶酔に陥るくらいなら、あの人を、私は許してやってるんだって、思っていたほうが楽しい恋愛でいられるわ。それはそれは、ね。」

「思い人に許しを与え、恋敵を恨み続ける恋愛!」


ルシウスは声を立てて笑った。それから、改めて、舐めるようにセブルスを眺めた。あんな男の、上品さの欠片も見られない男の、一体どこが良いというのか。血筋もはっきりしない。コミュニケーション能力にも、欠如が見られる。ただ、賢い奴ではあるようだが。しかし賢さとは言っても、紙の上での、お勉強が良くできるという意味での賢さだ。生きるのに有利になる知性かと問われれば、それはノーだろう。


「あの赤毛ビッチ―私も赤毛だったら、セブルスに好いてもらえるのかしら?」


は悪態をついて眉をしかめる。


、そんな言葉を口にするものじゃない。」


が大きく、わざとらしいため息を付くと、ルシウスは机の向かいから手を伸ばし、の額を軽く小突いた。はそんなことを気にも留めず、心ここにあらずのようで、とうとう羽ペンを投げ出した。2,3行したためられた羊皮紙はそのまま、締め切りは今日じゃないんだから、とは呟いた。







―私、どうしたらセブルスに振り向いてもらえるの、ルシウスじゃなくって。


授業の終わりを告げるチャイム。その音を聞いた生徒たちは、弾かれたように立ち上がって教室の扉を潜り抜けて行った。いち早く帰りを決めこんだのは赤いタイを付けた集団、その中でも先頭に立ったのはリリーと、その肩を抱く黒い癖毛の男だった。波に乗るようにして、セブルスも席を立つ。はその背中を見つめる、だけ。

波の最後が去って、残ったのはルシウスとの二人だった。沈んだ空気を纏ったが、扉に足を向ける。こつり、とのローファが床を打った。同時に、の背後で、床板の軋む音が聞こえた。


―一体あんな男のどこが


ルシウスが、背中からを抱きしめる。流れるプラチナブロンドが肩口からの視界に映った。午後の陽光をあびて、白く光る銀髪だった。天使ですか、あなたは。天国なのですか、ここは。いいえ、そんなはずはないのです。天使な訳、無い。ここが楽園だと抜かす輩はすぐさま地獄行きだ!あなたは悪魔だ、死神だ、私を奪おうとする恋泥棒だ。そうでしょう?
そうでないと私。


―私、どうしたらセブルスに振り向いてもらえるの、ルシウスじゃなくって。


涙が二粒、二つの目から零れ落ちた。