もう秋も終わるのだろうか。

空気がまるでガラスのように透き通って、突き刺さる痛みをひしひしと感じる季節になった。鬱蒼と生い茂る木々は皆押し黙って、鋭いガラスの欠片から逃れるかのように身を固めている。

来週から雪が降るのよ。

冷たいフラスコに真っ赤な果実酒を慎重に注いでいると、後ろのテーブルからそんな言葉が聞こえてきた。驚嘆、嘆息。ホグワーツの冬は、痛みを伴う冷たさだ。私には白い肌から、赤い血液が一筋、二筋と、滲み、流れてゆく傷口を彷彿とさせた。赤と白は、それは綺麗なコントラストだ。凍てつく傷口からは、やがて、出血がおさまる。

それは、祝福の色なの。

心の中で、そっと呟いた。

暖炉に小さく火が灯ったのは、昨日だっただろうか。紅の談話室は、ほっとするような温かみを携えて、寮生を抱きしめていた。それに反して、無機質な地下牢は底冷えだ。暖炉がないのは、自殺行為だと思う。狂ってる。私はフラスコの目盛をぼんやりと眺めて、ツートンカラーのマフラーをしっかりと首元に密着させ、ついでに口元まで覆った。本当はミトンを身に着けたいところだけれど、薄い―少し力を込めただけで割れてしまいそうな―フラスコを壊してしまいたくなかったから。フラスコの冷たさに、指が張り付いてしまいそう。

午後一番の授業。普通なら、他の授業ならば、とっくに眠気に不戦敗だ。しかし、今日の底冷えには、睡魔も尻尾を巻いて逃げ出したらしい。ふう、ため息も、白く凍っていた。灰色のテーブルの上、凍てつくフラスコの中、赤い液体が幸福を映していた。

―寒いときは、アルコールに限るわよね。

今度は、声に出して呟く。フラスコを手の中で転がした。血を思い出させる液体は、生きているかのようにガラスのなかで渦を巻いた。私は舌なめずりをした。向かいに立ってニガヨモギのみじん切りに手を焼いていたロナルド・ウィーズリーは、信じられないといった目で私を見たが、気にはしなかった。その隣にいたハリー・ポッターは、私を見ていたずらっぽく笑った。

ちらりとスネイプを見やる。彼は、スリザリン生のテーブルに掛かり切りになって、こちらに一瞥くれる余裕も無さそうだ。しめた、とばかりに、私は手にしたフラスコから甘い果実酒を、一息で飲み干した。








鐘が鳴る。
今日はここまで、とスネイプは囁いた。

―ミス・は、残るように。

腕を広げて待つ紅の談話室からの抱擁を思い描いていた私は、我が耳を疑った。









頬が赤いようですな。

心配そうなロナルド・ウィーズリーとその一味が去ったきり、人気のなくなった地下牢に、ヴァリトンボイスがこだました。
二人きり―
心臓が肥大化したように、やけに大きく、脈拍を感じていた。ふと、考える。肋骨を打つのは、果たして心臓だろうか。血液が、血管を飛び出そうとしているかのようで。

全身を、真っ赤な果実酒が巡り、その熱で内壁を焦がしてゆくイメージが脳裏を過る。火照った頬に、冷たく尖った空気が突き刺さった。

言い訳を探して口を開いたが、うまい言葉は、出てこなかった。
ためらい、何も思いつかない頭を呪い、息をついた。


アルコールのにおいが。


顔を寄せたスネイプが、唇を歪ませた。
ひやり、と頬に触れたのは何かと訝しがったのも束の間、唇に押し当てられた冷たさに、私は息を飲んだ。スネイプにはどうやら体温という概念がないらしい、と、ぼんやりした頭の中で考えられたのは、それだけだった。


グリフィンドール、10点減点。
それから、1週間の罰則を与えよう、ミス・


スネイプは、そっと囁いて、色の無い唇を舐めた。







と罰