「えーと、きみ、きみ。」



名前、なんていったかなあ。ひょろりとした赤毛の少年は、これまた長い腕を持ち上げて、眉間を叩いた。

珍しく足を踏み入れた図書館。前に来たのは、ハリーと調べ物をしたときだっただろうか。なにか特別の用事がなければこんなところへは寄らない。いかんせん、最低限の努力でみんなと同じ年に卒業さえできれば上出来だと思っているものだから、書籍とは無縁に生活したいのだ。ところが、僕は今こうして古い本独特のこもったかび臭いにおいの中突っ立っている。これにはちゃんと理由がある。明日は薬草学の果てしなく面倒なレポートの提出日なのだ。そこで、だ。そこで、ハーマイオニーの力、もとい、既に完成されていること請け合いのハーマイオニーのレポートが必要なのだ。ハリーとの神聖なるあみだくじの結果、僕がここに足を運ぶことになった。

「ねえ、ちょっと待ってよ。」

ところが、ハーマイオニー捜索の道すがら、僕は羊皮紙をひらりと落として、それに気付かず去ってゆく後ろ姿に出会った。肩につかないくらいの、ふんわりとしたブラウンが揺れていた。小柄な体に真っ黒なローブ。僕はその姿を、前にどこかで見ていたような、気がした。名前も、その時にハーマイオニーから聞いたような、そんなぼんやりとした記憶がある。羊皮紙は、僕の足元に舞い降りた。それを、屈んで拾い上げた。そうするつもりではなかったのに、僕には羊皮紙にすらすらと書かれた文字が飛び込んできて、読めてしまった。言い訳じゃない。読むつもりはこれっぽっちもなかった。ただ、親切心で拾ったのだ。


―今夜、日付が変わったら、我輩の部屋に来るように。

―スカートが短すぎる。それから、ローブのボタンは一番上まで閉めること。


筆跡に、見覚えがあった。ありすぎた。几帳面で細い字体、少し緑がかったこのインク。ああ、レポートを返される度、この筆跡で綴られたぶっきらぼうな言葉に、何度悪態をついたことやら分からない。できることなら、二度とは拝みたくない字体。これは、?


「―あの、すみません。」


くるりとした茶色の目が、羊皮紙に釘付けになっていた僕の目と出会った。焦って羊皮紙から視線をはずして、言葉にならない言葉で、なぜだか言い訳を並べる。違う、これは違うんだ。きみがこれを落として、それで?
そこで、まじまじと顔を見ることになった。

―ああ、この子。

「ああ、ごめんなさい…ありがとう。」

さらりと言葉をかぶせて、羊皮紙を受けとった、この子は、かわいいっていうか、ちょっと不思議ちゃんで有名な、―ええと、たしか…
僕は呆然として、馬鹿みたいに突っ立っていた。「ありがとう。」と紡いだ、薄紅いろの唇はきれいな形だった。髪なんか、触ったらいかにもふわふわと触り心地がよさそうで、やさしそうな雰囲気をしていた。しかも近づいた一瞬、甘いかおりが僕の鼻をかすめた。しかし今は、かび臭いにおいの中だった。あの子、、初めてまともに正面から見たけれど、こりゃかわいい。かわいかった。

ああ!


だけれど、だけれども、くびもとまでしっかりとしめられたローブから覗いたタイの色は、にっくき緑色だった、しかもあの羊皮紙は、有り得ないけれど、スネイプの筆跡だった!
(見間違いであれ!僕の切実な願い。)







汝の敵を愛せ